フォトエッセイ 残像の記録 10

京 都 の 夏

 出町柳から鴨川(賀茂川)東岸に添って7km程北上すると、この通称柊野ダムが見えて来ます。

 写真で見てダムの左方(西側)は天然のプール状になった鴨川を中心に広い公園(鴨川ひろば)が作られ、夏ともなれば大勢の市民の憩いの場となっています。また、東側には柊野運動公園もあります。


 昭和10年の「京都大水害」では、鴨川にかかる多くの橋梁が流され、市内各所に大きな被害をもたらし、死傷者が出るなどしたので水害を防止するために急遽造成されたものです。

 かつて鴨川はたいへんな暴れ川であったらしく、度々京都盆地に洪水をもたらしました。

 豊臣秀吉が洪水や外敵から京の都を守るために京都をとり囲むように築かせ、今もその名残りが残っている御土居(高さ約5mの土塁)の内側を洛中、外側を洛外と言われています。

 写真をクリックすると京都の夏のメイン行事、祇園祭の写真が現れます。

 大部分の御土居は壊れてしまいましたが数カ所は国の史跡として残されています。中でも有名なのは、北区鷹峯旧土居町にある御土居史跡公園です。

 下の写真は数年前の夏、東山・祇園周辺で催された花灯路の日の写真数枚を合成して作ったものです。

 たいへん落ち着いた雰囲気を醸し出していたこの夏の行事も最近は何故か行われなくなりました。 いつの日か是非この催しを再開して頂きたいものです。
                      
                       栗原 眞純

                                                 
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